学校生活と教師

学びたい

子どもたちは基本的に「学びたい」「分かりたい・知りたい」。


そう素直に思うことを阻む壁を誰かが作ってしまったから勉強嫌いになっただけ。


そう思って子どもに正面から向き合うと子どもを教える姿勢というものを見直さなければと思う。


一生の課題だなあ・・・


ADHD・LDの誤解

ADHD・LDについての研修会があった。


学習内容が理解できない子どもの立場を体験する実習があり、


大人が「思い込み」で子どもの可能性や実力を誤解し誤認していることを肌で感じて愕然とした。


見る・聴く・感じる子どもの世界を大人の世界と混同してはならないと実感した。


補習授業

人の子どもたちを学校に集めサマースクールと称し2時間の補習をした。


学校全体としての取り組み。


馬蹄形に席を整え担任が中心に位置し180度見回しながら教科指導する。


ふだんの授業と違い会話をしながら進めるので楽しんでくれる。


30人学級って完全実現するといいのだが。


教えない教え方

ネットが普及し始めたころ、全県の高校でネット環境普及に走る先輩がいた。


既に退職し、「教えない教え方」を志して故郷で私塾を開くことを夢見ていた。


事情があり実現しなかったが今も彼と親交はある。人を育てることの意味は何か。


「俺が教えてやった」と自己満足に陥ってないか。


小さなサイン

教師にすぐ馴染む子と、はにかんで遠巻きに見る子がいる。


焦ると教師は近づく子だけに意識を集中しがち。


遠巻きに見る子の目から大人への愛の求めに気づかない。


声かけだけで子らを和ませられるなら、愛の求めにすぐ気づき行動したい。


小さなサインを彼らが送っている事を忘れるな。


自分で成長したい子どもたち

水泳指導。顔を水につけるのを怖がっていた子がしっかり顔つけて泳げていた。

「すごいな~やったね!」。

私が教えたからではない。

本人曰く

「他の子ができるなら自分にも出来ると思ったから」

だとか。

子供は自力で成長したがってる。

恩着せがましく大人が手をかけ過ぎてはいまいか、考えさせられた。


成績処理

成績処理ソフトの扱い方講習に参加。

入力した基本設定に加え各教科の点数入力によって
成績通知表にそのまま反映できるものになってる。

手書きの良さもいいのだけれどね。


受け入れる

不登校の子の気持ち、初めは殆ど理解できなかった。

十数人の事例を経験してからは、やっと初めて分かる気がしている。

特別支援教室に通っていた子どもたちは生き生きしていた。

その場所で授業がないから生き生きしていたのではない。
指導員がつながりの手をさしのべ、ありのままを受け入れてたからだ。


悠長でいいよ

大陸的な悠長さはあってもいい。

新任の頃子どもから初めに挨拶をしてこないと激烈に叱った。
今はまず大人のこちらから笑顔の挨拶をしてる。なぜか?

時間はかかるが4ヶ月たつと少しずつ子どもの方から挨拶するようになったからだ。
早急な結果を求めると焦りになる。大人も余裕ってもっとあるといい。


教えない

教えない教え方に対してあなたはどう思うだろう?
教える側の怠慢?

そう思うときももちろん自分にはあったけれど、
最近はむしろ、そういう教え方が重要な時代に突入しているように思う。


体験談が

道徳の本を使って授業をすると知識として人の道を学ぶ。

体験談や身近な出来事を使って授業をすると、
その授業の後の休み時間、子どもたちがわんさか集まって、
その題材の話題で盛り上がってる。

そして自分の体験を話してくれる。

活字より感情を伴った実体験の話にこそ、心が揺り動かされるのだろう・・・


素敵な後輩同僚

職場の同僚。24歳で2~3年の経験の子だが、関心した。
何故?

ミーティングなど他の人が話をしているとき、
かならず鼻筋をその人のほうへ向けてアイコンタクトを照れずにとり、

微笑みつつ相づちも打つ。

マナーとして当然かも知れない、
しかしそれが出来る人が少ないからか、好印象が際だつ。


いじめの指導

授業でコーチングとNLPを使って道徳で「人権教育:いじめの指導」を行った。

エンカウンターも含めながら終盤の子どもたちの表情の変化に手応えを感じた。

感情に訴えることでしかいじめの深刻さは伝わらないと思う。

左脳に訴える講義形式の授業など殆ど効果はない。ハートの授業を続けたい。


時代の流れ

女性の多い職場にいる。
20年以上前「管理職に女性が!」と言ってもてはやされていた状況があったけれど、
今では普通になってしまった。

当時女性の職場進出に関して色々いわれることもあったけれど、
今では差異を語ることさえ違和感があるくらい浸透してる。
素敵な時代になったと思う。


子どもから与えられている

子どもってコミュニケーションがすき。
仕事の疲れがあると大人は相手することが億劫だけど、
そこで子供に笑顔を返したなら、倍になって返ってくる。

そしてエネルギーが充填されるんだ。

大人は子どもを育ててあげてるというのは思い込み。
子どもに与えてもらってるものがあるということに気づくと幸せ。