家庭生活と親子

子育ては方法ではなく

「子育て」はその方法探しではなく、在り方を意識するとおのずと迷いが無くなりうまくいくもの。

親としての自分を愛すること信じることで在り方は定まっていく。まずは自分の成長から。


素直に

思春期の娘と息子が3~5歳の幼かった頃のビデオを見ると懐かしい。


無抵抗で素直で泣いて笑って怒って叫んで。


その映像を見る都度に大人になった自分の感情の一部を代わりに彼らが表現してくれているような気になり、つい浸っている自分がいる。


自由・・・自由なんだよね。


とうふになれ

「とうふになれ」。


どんな突き刺さる言葉にもすべて抵抗無くすんなり受けとめて抵抗するな。


これは継母の教え。


6年生の頃の話だが今でも印象に残ってる。


親の言動は子に大きな影響を与え得るんだなと思う。


場面によりけりだとは思うが今の自分は社会に対しこれをできてるだろうか?


満ち足りているということ

家庭で親の抱擁を受け健全に甘えてきた子は、


満ち足りているがゆえに自らをコントロールする術を身につけ、


外にあってはすぐれた社会性を発揮する。


発達障害に気づかない大人たち

星野仁彦氏の著作
 「発達障害に気づかない大人たち」を読んだ。


これ読むと、
性格や行動に悩みがある場合に、答えが見つかって スッキリするかも知れない。
.
脳の機能の発達具合が個人個人違うと言う事実。

生まれつき持ってる得手・不得手。

相手の行動の癖や理解しがたい性向も納得。

自分にもそんな側面があるなと思いながら読んでました・・・。

そもそも人は自分と同じではないですよね。

「自分と同じと考えている「思い込み」に気づかないから、

その規準を超えたり満たさなかったりする相手を理解しようとしないし、批判したりする。

思い当たるなあ


自我の芽生え

反抗期の青少年の胸にうずいてくるのは
「あなたと私はちがうのだ」という自己主張。

自他の違いに子ども自身が気づき、大人が気づいてくれるのを期待する。
自他同化している状態から依存を超えて自律へとアイデンティティが確立されていく成長の証。

赤飯炊いて喜ぶほどの価値がある一大人生イベントだ。


父の・・・

雷雨の続く夜道を車走らせて帰ってきた。

父の不安定な状況につきあいながら孝行できる機会がまだあることに感謝している。
看護師や介護士にはいつもお世話になりっぱなしだ。


子どもが情緒豊かになる秘訣

子どもが情緒豊かになる秘訣。
親と共通体験を多くする中で感動を視覚的にも聴覚的にも体感覚的にも表現してあげること。

・・・・サンプル→夕陽を見て「うわーっ、きれいだねー」と抑揚たっぷりな声で片手を子どもの肩におき、もう一つの腕を広げて上にあげるとか。


愛したいけど

多くのお母様方と接する機会が多い。
家庭環境・構成で子供の育ち方がステレオタイプで語られる時代もあったが、

今の時代それは当てはまらない。

教育に困惑してる家庭でも子どもを愛してないのではなく、
愛したいが愛し方がわからない。

そんな中で必死に子供と向き合ってる彼女らは美しく輝いている。


ほめ方を間違えると

ほめ方 

表情豊かに超おおげさに感情いっぱいでほめると
思春期の子は賢いですからかえってわざとらしさに敏感に反応します。

「ほめてあげてる」=押しつけがましいと感じるわけ。(皆が皆そうではないですが)


父親の在り方の本

母親の在り方について書いた本は多いが、
「父親の在り方」について書いた本は少ない。

育児本棚には、それがほとんど見受けられない。
(最近いくらか見られるけど)この状況をどうとらえるか。


子供を愛さない親は

子供を愛さない親はいない。
親の愛を求めない子はいない。

「親が悪い。」「子供がなっとらん。」・・・

互いに相手の立ち位置に立てば
見えてくるものがあるはず。


怪力の子

休み時間。子どもたちが競って肩もみしてくれる。

小さな手で一生懸命(笑)。

ぜんぜん効かないンだよな~と思えば、ものすごく食い込むほど怪力の子も。

なんとその子、じいちゃんばあちゃんが家にいていつもやってあげてるそうな。


どうりでね。


HACHI~約束の犬

映画を観てきた。
知らぬ人はいない あの渋谷駅前のハチ公の物語だ。

映画になって、より多くの人にその存在がアピール
されたことは歓迎したいものだ。若い人たちの中には
深いエピソードを知らない人もいるだろう。ぜひこの
映画でそして様々な資料で確かめてきてほしい。

忠犬を褒めそやす物語としてではなく、人と動物の友情
と愛の物語として心にしみいるものがある・・・・

画面はというといたって色調を抑えていて派手さがない。

外国が舞台であったが、ストーリー展開は日本の史実に
ほぼ忠実で静かに淡々と物語が進行していく。

非常な現実のエピソードは極力取り入れていないのは
監督の意向だろう。(日本版「ハチ公物語」は悲壮感が強いので)

その代わり、飼い犬と主人の心の通い合いは涙があふれて
とめどないほどに愛おしく思え、優しくそして切ないハチ
の素顔が豊かに輝いて描かれていた。

観につれて行った私の娘はタオルで顔を覆い泣きじゃくってた。
小学生の息子も帰りの車の中で終始沈黙のまま。


私は犬を飼わない主義だ。
小学生の頃の思い出が今も忘れられないからかもしれない。

多くの愛犬家の方たちが言う言葉はもっともだと思う。
「かわいい」という理由だけで犬を飼うものではない。
里子を育てるような覚悟が犬を飼うことにも必要である。

ペットは消耗品ではなく私たちの一生に付き添ってくれる
パートナーなのだ。


この映画の流行によって
にわか愛犬家が増えてしまわないことを。